そもそも、「シティポップ」とはどんな音楽を指しているのでしょうか?
その起源については諸説ありますが、特定のジャンルを指すというよりは、「どこか摩天楼やネオンの光を彷彿とさせるような都会的な印象を感じさせる、落ち着いた大人のムードが漂う音楽」というのがイメージとしては近いかもしれません。
その最も象徴的な存在が、1970年代から80年代頃の日本のヒットチャートを彩った歌謡曲たち。竹内まりや「プラスティック・ラヴ」、松原みき「真夜中のドア〜stay with me」など、当時を知っている人にとっては懐かしいと感じるかもしれないアーティストの音楽が時代を超え、ここ数年で急速にZ世代の若者を中心に強く支持されるようになったのです。事実、2021年末に公開された「プラスティック・ラヴ」の新ミュージック・ビデオは、なんと再生回数3,000万回以上という驚きのヒットとなりました。
SNSにはシティポップの名曲で踊ったり、歌ったりする動画がたくさん投稿されるようになり、そのムーブメントは国境を超えて、海外のZ世代の間にも広がっています(世界中のクリエイターによる音楽や動画が楽しめる配信サービスにおいて、「真夜中のドア〜stay with me」は2020年末に世界バイラルチャートで18日間連続1位というヒットを記録!)。今ではレコード店で当時のシティポップの名盤を探す若者の姿も見かけることも珍しくありません。その人気は、単なる流行を超えて、音楽の新たなジャンルとしてすっかり定着したと言っても過言ではないと言えるでしょう。
シティポップムーブメントの興味深いところは、なんといっても当時を知らない世代を中心に再び流行したということ。若い人々がシティポップに夢中になる理由を調べてみると、「聴いたことがないのに、どこか懐かしく感じられる」という意見を多く見ることができるのが印象的です。
シティポップが全盛期を迎えていた1970年代から80年代といえば、バブル景気に象徴される、「日本を成長させていこう!」という活気や、好景気の熱狂に満ちた時代。そのムードは当時の音楽にもしっかりと投影されており、聴いているだけで自分も豊かな生活をしているかのような気分を味わえることに加え、今の時代にはないレトロな雰囲気がシティポップの大きな魅力です。
また、スマートフォンやSNSが存在しない時代の楽曲だからこそ感じられる、時間がゆったりと流れるような大人の雰囲気や、当時の録音技術で制作されているがゆえのノイズや微妙なズレなどのアナログな質感も心地良く、支持を集める理由となっています。最近の音楽シーンでは、「歌ってみた」(自ら歌ってカバーした動画)出身のアーティストの活躍や、マイク一発撮りのコンテンツが人気となっているように、どこか人間らしさを感じられるような、心地良い手触りのあるものが大きな人気を集めています。もしかしたら、Z世代をはじめとする若い人たちは、そうした親しみやすさをシティポップの中にも発見して、夢中になっていったのかもしれませんね。
シティポップに惹かれる理由は、まるで聴いている自分がその歌の世界や時代の中にいるような、ゆったりとしてリッチな時間を過ごしているかのような、心地良い気分になれることにあると考えられます。
ただし、勘違いしてはいけないのは、シティポップというのは「あの頃は良かった...」と当時を知る世代がただ懐かしむだけではなく、当時を知らない世代が「ここに今、必要なエネルギーのヒントがあるかもしれない!」と発見したことで生まれたムーブメントだということ。
たくさんの若者がさまざまなSNSでシティポップを使って自分らしさを表現したり、ジンジャー・ルート(アメリカ西海岸出身のシンガーソングライター)やnever young beach(日本のロック・バンド)のように、シティポップに影響を受けつつ新たな音楽を鳴らしているミュージシャンが数多く活動していたりと、ただ懐かしいものを懐かしいものとして楽しむのではなく、若い世代による新しい表現となって広がっているのが、このムーブメントの興味深いところでしょう。
文化というのは昔の良いところを受け継ぎながら、新しいものを作っていくもの。当時を知らない若者たちがシティポップの中にある“歌のチカラ”を発見し、それが次の時代へと進むためのエネルギーになっていると感じます。