知って、納得!
一緒に「歌う」、「奏でる」時に感じる、あの一体感のヒミツとは?

2023.06.06
学生時代の合唱コンクール、試合を盛り上げるサポーターたちの応援歌、ライブやイベントでのコール&レスポンス、カラオケなどなど、他の人と声を合わせて歌うことで、その瞬間、そこにいる人々の気持ちがギュッと結びつく――。そんな経験をした人は多いのではないでしょうか。ひとつの楽曲を、同じ時間と空間の中で共有することで生まれる不思議な一体感。たとえ見知らぬ人同士でも、同じ歌を口ずさむことで「心がひとつになる」感覚。誰もが一度は感じたことがあると思われる現象の理由を知りたい!そんなSinging編集部の疑問を立命館大学の宮本直美教授が解説してくださいました。
        • 合唱の種類でも異なる!?
          一体感を感じやすいのは?

        • —人々が声を合わせて歌う「合唱」は、どのように誕生したのでしょうか?

          国や地域によって起源はさまざまですが、大まかにいって合唱という行為は即興から生じたと考えられていますが、多くはユニゾン(同音合唱)です。その中から即興的に多声合唱が生まれたようです。つまり、その場のセッションとして多声が生じるというのは、現代のイメージでいえば即興でハモるようなもの。即興とはいってもある程度の「型」はあり、それが地域・民族の音楽ごとに定型化していったと考えられています。なかでもヨーロッパの音楽史は特殊な道を歩みました。それは定型化された合唱を楽譜に書き留めるようになったことが大きな理由で、その結果、さらに複雑な多声曲が生み出されることになったのです。

        • ―一緒に歌うことで、他者と一体化したように感じられる理由とは何でしょうか?

          その理由を科学的に解明するのは脳科学や心理学などの領域になると思いますが、ここでは私の研究をもとに、経験的なお話をしたいと思います。

          歌を共にするということは、まず「リズム」を合わせる共同作業です。「1、2、3、4」という拍子カウントを揃えなければ、合唱は成り立ちません。行進する時のことを思い浮かべてみてください。一人で歌う・歩くのと、みんなで揃えて歌う・歩くことは異なりますよね。リズムを合わせるためには、他の人に合わせなくてはならないことから「一緒に行動している」という実感が生まれていくのだと思います。そのため、「心がひとつになる」あるいは「一体化する」ように感じられる、と言えるでしょう。

        • ―心がひとつになるように感じられる行為として、「合唱」と「合奏」では、どちらが効果的でしょうか? また、その理由についても教えてください。

          「合唱」と「合奏」には違いがあると考えています。まずは、合唱についてお話ししますね。

          複数の人がパート毎に分かれて異なる旋律を歌う「合唱(多声合唱)」では、ハモる時に相手のメロディにつられる、引きずられるという経験をしたことはありませんか? つられずに自分の旋律を歌うためには、相手の声を聴きながら、自分の声をコントロールする必要があります。しかし、ボーカルとコーラスが同じ旋律で歌う「ユニゾン合唱(斉唱)」の場合には、このようなコントロールの必要はありません。自分に自信がなくても、他人の旋律に何となく合わせて歌うこともできます。同じ合唱であっても、意識してみんなと合わせることが必要な「多声合唱」と、意識しなくても自然と合わせられる「ユニゾン合唱」とでは、後者の方が一体感をもたらしやすいと考えます。なぜなら、ユニゾン合唱は、練習なしにその場で成立できるからです。スポーツ観戦中に自然発生的に歌われる応援歌がその代表といえるでしょう。

          一方、楽器による「合奏」は、歌のように旋律につられることはありません。理由は、楽器の操作で解決できるから。合奏は楽器の音を合わせる行為なので、ユニゾン合唱で得るような一体感とは異なります。

        • 歌うことを通じてその場に生まれる一体感、
          それも「歌のチカラ」

        • ―特に協調性を高めやすい楽曲というものはあるのでしょうか?

          スポーツ観戦の応援席で見られるようなシンプルなユニゾン合唱は、その傾向が強いと思います。ただ、それは楽曲そのものの魅力だけではなく、競技中のこういうシーンではこの曲を歌うといった「作法」を知っているファンの団結意識によるものかもしれません。音楽ライブでも同様で、この曲のこの部分はファンも一緒に歌うという「参加の仕方」を知っていることが、協調性を高める要因のひとつといえるでしょう。

        • ―たとえば、あまりまとまりのないクラスがあったとして、歌を通じて人間関係に変化をもたらしたといった事例はあるのでしょうか?

          学校での合唱コンクールを経て、クラスがまとまるというようなことはあり得ます。それは長い時間をかけて練習を重ね、その成果を実感できるようになると、同じ目標に向かって「心がひとつになる」と感じることもあるのではないでしょうか。さらにコンクールで上位になれば、クラス全体で喜びを分かち合い、人間関係が好転することも期待できるかもしれません。

        • ―19世紀ドイツの音楽活動から宝塚歌劇まで、幅広い分野を研究されている宮本先生ですが、「歌のチカラ」を実感したことがあれば教えてください。

          個人的には、ミュージカルのアンサンブル場面に「歌のチカラ」を感じますね。物語の中で人々が団結あるいは対立するような場面(革命の場面など)は、個人の歌い手よりも集団の歌唱の迫力を感じますし、それが物語の説得力になっていると思います。

監修者Profile

宮本 直美

立命館大学文学部教授。専門は音楽社会学・文化社会学。著書に『教養の歴史社会学:ドイツ市民社会と音楽』『宝塚ファンの社会学:スターは劇場の外で作られる』『ミュージカルの歴史-なぜ突然歌いだすのか』などがある。