聞いてわかる、歌って覚える!
楽しく学びを深める「学問の歌」の効用に迫る

2023.09.05
日頃、何気なく口ずさむ歌。歌うことが、授業の理解を深め、記憶の定着に役立つという情報を得たSinging編集部。今回は、生物学の授業の内容を元にオリジナルソングをつくり、授業中に自ら歌うことで学生の学びを支援してきた“歌う生物学者”こと本川達雄さんから、なぜ学びに歌を取り入れたのか。歌うことで、学習者にとってどのような効用があるのかを解説いただきました。BBCなど、国内外のさまざまなメディアから注目を集めた「歌う生物学授業」を通じ、本川さんが得た「歌が学習に寄与する知見」にフォーカスします。
        • オリジナルの「学問の歌」が学びを深め、
          成績アップにもつながる

        • —学びにおける歌の効用で、もっとも期待できるものはなんでしょうか。

          一番は、覚えやすく忘れづらいことです。賛美歌やお経もそうですが、大切なことを繰り返し大きな声で唱えると、身体に染みついて忘れづらくなります。
          「鉄道唱歌」という歌をご存じですか? 日本全国の鉄道駅名と沿線の風物を、七五調を4回繰り返す一節に歌いこんでいく曲ですが、334か所もの駅名や風物をそらんじられるのは、明らかに歌のおかげ。古来、親しまれてきた七五調のリズムなのも、覚えやすさに寄与しているはずです。

        • —先生が「学問の歌」を作詞・作曲される際に留意されているポイントを教えてください。

          「学問の歌」は、内容の学問的正確さが一番大切です。芸術的な音楽ではないので、独創性などは必要なく、メロディーはどこかで聞いたことがあるようなもの、歌いやすいものが良いと思っています。学問の内容を覚えるための歌なので、語呂合わせを使った覚えやすい歌詞は、学生にも好評です。

        • —生物学という学問と歌。一見、ベクトルが異なるように感じますが、学問と歌の親和性についてどのようにお考えですか?

          「学問と歌とのベクトルが異なる」と考えること、そのものが大問題。日本の多くの子どもは、テレビやインターネット上の動画を見ながら育ち、コマーシャルソングを毎日何度も聞いています。子どもたちの身体にはキャッチーなリズムが染み込んでいるのに、学校に行けば音楽の授業以外は音楽とは無縁です。そのような環境下で、子どもたちがイキイキと学べるとは思えない。それならばと、「学問の歌」という教材を開発し、実際に歌ってきたという経緯があります。

        • —生物学に苦手意識を持っていた学生が、歌って学ぶことで「成績が上がった」「生物学が好きになった」など、思い出深いエピソードがありましたら教えてください。

          「学問の歌」の歌詞には、学ぶ分野の中でも重要なキーワードがちりばめられています。たとえ歌を歌わなかったとしても、歌詞を覚えただけで試験に出そうなポイントがわかる。「覚えることがまとまっていて助かった」という声はよく聞きました。本音としては、歌って記憶を定着させてほしいですが(苦笑)。

        • 暗記科目や初等教育現場こそ
          “歌のチカラ”が生きる!

        • —「歌う授業」は、生物学以外でも実現できるでしょうか?

          「すべての授業に歌を持ち込むべし」というのが私の主張です。単純に歌うって楽しいですし、節やリズムのある歌によって右脳の理解(イメージ)と左脳の理解(論理)が統合されると、心の底から物事を理解できます。授業の内容を覚える手段として、歌をどんどん使うべきです。特に、覚える事項が多い科目は、歌にするには最適な分野です。子どもたちにも一緒に歌ったり、手拍子したりすると参加感が増し、授業が単調にならずに済むという利点もあります。

        • —近年は、小学校で「歌う授業」のボランティアをされているとお聞きしました。「歌う授業」の実践で、気づかれたことはありますか?

          義務教育である小学校は、個々の特性に関わらず、子どもたちが一か所に集められています。その中には当然ですが、「勉強したくない子」も大勢いる。そんな場だからこそ「学問の歌」を取り入れることは効果的だと感じています。例えば、自作の歌で一番人気の「生き物は円柱形」を一緒に歌い、歌の途中では子どもたちにアクションとともに掛け声を入れてもらうことがありますが、みんな楽しみながら学んでくれている感触がありますよ。大学教授は自身の研究に没頭して忘れがちですが、教育とは、小さな親切運動。あの手この手で分かりやすく、覚えやすくする必要があります。「歌う授業」はその一環です。

        • —40年という長期に渡って講義をされた中で、「歌う授業」に対する学生たちの受け入れ方や、変化を感じたことはありましたか?

          ロックをはじめとした現代音楽のベースである「エイトビート」ではない歌について「音楽とは感じられない」という感想は時々もらいます。歌詞をしっかり味わうには、スローバラードがいいんだけどな……と個人的には思っています。以前、日本子守唄協会の方が「最近の赤ちゃんは、子守唄を聴かせると(その曲調に不慣れなためか)逆に泣いてしまう」とおっしゃっていました。時代の変化ですかね……。

        • “歌のチカラ”は
          人とのつながりを深め、人生を豊かにする。

        • —幼少時から音楽に親しみ、「歌う生物学者」として知られる本川先生だからこそ実感した、“歌のチカラ”についてのエピソードがありましたら、教えてください。

          国際学会で、自身の研究内容を英語の歌にして歌ったことで思わぬ交流が深まった経験があります。ある時、研究内容のサマリー(要約)に自作の歌を楽譜付きで載せたところ、その威力は想像以上。海外の学者が歌をきっかけに私のことを覚えてくれ、次の学会でも歌のリクエストをいただき、また歌うということを繰り返していました。 そんな中、BBC(英国放送協会)の関係者の目に留まり「New Alchemist(生物を学ぶ新素材を扱った番組)」で歌うことになったり、アメリカの有名な科学雑誌「サイエンス」が私の活動を顔写真入りで紹介してくれたりと、“歌のチカラ”ですごい展開になったと愉快 な気持ちでしたね。

        • —第一興商が掲げる「Singing 歌いながらいこう」をご覧になっての率直な感想や、共感いただけるポイントがございましたらお聞かせください。

          さまざまなシーンで、自然と口をついて出てくる「歌のストック」を持っていることは、とても良いと思っています。その時の気分にしっくりくる歌を大声で歌うと、それがどんなに沈んだシーンであっても気持ちが晴れます。歌うことは、生きる力になる。どれだけ良い歌を覚えているかで、人生の豊かさが変わると思いますよ。

監修者Profile

本川 達雄

東京大学理学部生物学科卒業。東京大学助手、琉球大学助教授を経て、1991年~2014年3月まで東京工業大学教授。専門は生物学。幼少時にはバイオリンやフルートを習い、小中高大は合唱部に所属した。著書に『ゾウの時間 ネズミの時間』『生物学的文明論』等がある。また“歌う生物学者”としても知られ、CD付き受験参考書『歌う生物学 必修編』も出版