聴かせるだけが胎教じゃない!
ママにも赤ちゃんにも有効な「歌う胎教」とは?

2023.09.19
お母さんが口ずさむ子守歌や、幼稚園や小学校で先生が歌ってくれた童謡・唱歌…。人が成長する過程で、歌はいつも身近に存在してきました。でも、赤ちゃんが誕生するもっと前の段階から、歌声や音楽が脳や心の成長に関わっていることをご存じでしたか?母親のお腹の中で聴いた声の記憶が、赤ちゃんの健やかな成長や、親子間のコミュニケーションづくりに影響をあたえるばかりか、お母さんの産後うつへの効果も期待できるという情報に驚いたSinging編集部。そこで、ご自身も子育て中の母親であり、音楽教育を専門とする東洋大学の山原麻紀子先生に、歌う胎教についてのお話をうかがいました。
        • お腹の中の赤ちゃんの注意を引きやすいのは、
          抑揚の大きいお母さんの「歌声」。

        • —はじめに、乳幼児期における音楽教育の必要性について教えてください。

          乳幼児期に音楽に触れることに対しては、多くの方が肯定的にとらえていると思いますが、私がお伝えしたいのは、音楽教室に通ったり楽器を習ったりと、特別な教育やトレーニングを早期に始めるのが重要だということでは決してありません。まずは、日々の生活にあふれている音や歌に興味を持ち、耳を傾けることが大切だと考えています。子どもの感じている音の世界を共有し、共感し、寄り添うことが音楽教育の最初の一歩。「音楽教育」という言葉よりは「音楽的な関わり合い」の方が適切かもしれませんね。乳幼児期において音・音楽を介して人との関係を築くという経験が、生涯にわたる音楽との関わりの基盤になると考えています。

        • —妊娠中に行なう「胎教」は、どの段階からスタートするのが適していますか?

          近年、胎児学・新生児学、脳科学などの研究が進み、胎児には聴覚や記憶能力があることが解明されました。五感の中でも聴覚は早期に発達し、胎生6週頃より耳の原型ができ、胎生4ヵ月頃には音を感じ取れるようになり、胎生6~7ヵ月には大人とほぼ同じ聴覚構造が形成されます。また、胎生4ヵ月頃には記憶をつかさどる「海馬」が形成され、音や母親の声を記憶することができると言われています(注1)。つまり、生まれるおおよそ3ヵ月前から赤ちゃんは音をしっかり聞いていることになり、母親の心拍音や血流音とともに、母親の「声」に最も親しんでいることがわかります。これらの研究結果を踏まえると、妊娠中期~後期でお母さんの体調が安定した頃に始めるのが良いのではないでしょうか。

        • —話しかけるだけではなく、歌いかけることの方がより効果的なのでしょうか?

          聴覚はすでに完成しているため、どちらの音声も胎児に届いていると考えられます。でも、生後6ヵ月の赤ちゃんを対象とした実験では、「お話」よりも「歌」の方が、赤ちゃんの注意を引きやすいことが明らかとなっています(注2)。要因としては、一般的に話し言葉の抑揚よりも、歌の抑揚の方が大きい傾向があること。そのため、胎児も歌いかけの方を好むのかもしれません。

        • —CDなどの音源で聴かせるのと、実際に母親が歌うのとでは、どちらが胎教として効果があると思われますか?

          胎教として音楽を聞かせたいと思う母親のうち、8割以上がCDなどの音源を用いているという調査結果があります(注3)。歌いかけることに苦手意識や抵抗感を持つ保護者が多いのかもしれませんね。ただ、CDの音響よりも母親の声の方がダイレクトに胎児に響くため、CDなどの音源に合わせて一緒に口ずさむのも良い方法だと思います。

        • —胎教にふさわしい音楽はあるのでしょうか?

          調査によると、童謡・唱歌・クラシック音楽を聴かせる家庭が多いという傾向がありますが、いずれも「耳あたりが良い」「刺激が少ない」「妊婦自身がリラックスできる」ことが選曲の理由として挙げられます。母親が強い不安を感じたりすると、お腹の中の赤ちゃんの動きが変化することが分かっていることから考えて、母親が聴かせたい音楽、落ち着く音楽を選ぶのが良いと思います。ジャンルは問いませんが、大音量や激しい音響よりは落ち着いたテンポ、柔らかい音色のものが個人的にはおすすめです。

        • 母と子の絆を深めながら、
          メンタルヘルスにも貢献する「マザリーズ」。

        • —近年、育児界隈で耳にする「マザリーズ」について教えてください。

          赤ちゃんに語りかける時、私たちは自然と「普段よりも高めの声」で、「ゆっくり」と、「適度な間を空け」、「語尾を少し上げる」など、特有の話し方をしています。このような特徴的な話し方は一般的に「マザリーズ」や対乳児発話と呼ばれます。マザリーズは日本だけでなく、世界の多くの国で通文化的に確認されています。母子間のコミュニケーシションを深め、乳児の気持ちを落ち着かせる等の効果が明らかで、何より言語の獲得に対する有用性が示されています。

        • —マザリーズは母子の脳活動にどのような影響を与えているのでしょうか?

          マザリーズを聞いた時の脳活動を属性の違いで分析した研究結果によると、まだ言葉を話す前の乳児を持つ母親の言語野での脳活動が最も盛んであるという結果が示されています(注4)。そして乳児の言葉の発達に伴い、母親の脳活動の変化量も減っていきます。このことから、マザリーズを通して母親は愛情や気持ちの高まりを伝えるだけでなく、言語的コミュニケーションを試みているということが読み取れます。

        • —マザリーズを聴いたときの脳活動は、母子以外の周囲の人(父親含む)でも変化するのでしょうか?

          乳児をもつ父親は、母親のような脳活動は見られなかったようです。その原因は、おそらく育児経験や育児時間の差ではないかという見解が示されています。同様に、育児経験のない男女にも脳活動は見られませんでした。あくまでも推察になりますが、今まさに乳児を育てている状況にある母親ほど共感性が高いということではないでしょうか。

          マザリーズによる母子間のやり取りは、非常に濃密で特別なものです。その特徴は一般的な共通性はありますが、同時にその親子だけの個別的でかつ期間限定のやり取りとも言えます。そうしたことから、誰しもがマザリーズに反応するわけではないと考えられるでしょう。

        • —産後うつにも効果はあるのでしょうか?

          人とのコニュニケーション、言葉の習得、音に対する感覚などの発達には、乳児期の母子間の関わり合いが重要です。しかし、産後うつにかかった母親はマザリーズを話さず、平坦な口調になることが知られていて、乳幼児にも母親自身にも悪影響を及ぼすことが示唆されています(注5)。母親の心的状態が反映されるマザリーズについて今後さらに研究が進むことで、産後うつの方や、乳幼児を持つ母親たちのメンタルヘルスケアに貢献することが期待されています(注6)。

        • —マザリーズの役割、可能性について教えてください。

          マザリーズは母子間の共感的かつ応答的なやりとりで、その音声のリズム、音調、抑揚など、時にとても音楽的な要素を含んでいます。言葉の意味伝達だけでなく、感情伝達がより意味をもつ情動的コミュニケーションであると言えるでしょう。近年、このような乳児と養育者の緊密な相互作用は「コミュニカティブ・ミュージカリティ(絆の音楽性)」という概念で説明されることがあります(注7)。人は生まれながらにして他者と共感的・応答的にやりとりをする力を備えており、それは音楽的なやりとりにもなぞらえられます。マザリーズに見られるこうした応答的なやりとりを通して、母親は子との心の絆を深めていくと考えられます。

        • —幼児期の子どもの音楽の関わり方を研究されている山原先生だからこそ実感した、“歌のチカラ”についてのエピソードを教えてください。

          子育て中のお母さん同士で話していると、育児の心配や苦労話、ストレスが話題に挙がることも少なくありません。同時に、小さい頃、親から歌ってもらった子守歌をなんとなく覚えていて口ずさんだり、大人になってすっかり忘れていた子ども時代に親しんだ歌を歌って親子で楽しい時間を過ごせるようになった、というエピソードを耳にすることも。そんな時、「音楽っていいよね」と実感します。特に何かを用意する必要もありません。歌うだけで、親も子も笑顔になれる、人と人の絆をつくるというのが何よりも大きな“歌のチカラ”だと思います。

        • 【出典】
          • (注1)三宅薫(1992)「胎児生命感覚補充刺激(胎教)」, 周産期医学,22(8), pp.1091-1096.
          • (注2)Nakata T, Trehub S.E. (2004)Infants’ responsiveness to maternal speech and singing. Infant Behav Dev.27, pp.455–464.
          • (注3)岡村弘・関島英子(2011)「母親の胎児期・乳児期の子どもへの音楽的関わり(1)― アンケート調査による母親の胎児への音楽的関わりー」, 国際幼児教育研究 Vol. 19, pp.75-84.
          • (注4)松田佳尚(2014)「対乳児発話(マザリーズ)を処理する親の脳活動と経験変化」,ベビーサイエンス,14,pp. 22-33.
          • (注5)Christa Lam-Cassettari ,Jane Kohlhoff.(2020)Effect of maternal depression on infant-directed speech to prelinguistic infants: Implications for language development.
          • PLoS One, 15(7), e0236787. 10.1371/journal.pone.0236787
          • (注6)Yoshi-Taka Matsuda, Kenichi Ueno, R. Allen Waggoner, Donna Erickson, Yoko Shimura, Keiji Tanaka, Kang Cheng, Reiko Mazuka.(2011) Processing of infant-directed speech by adults. NEUROIMAGE. 54. 1, pp.611-621.
          • (注7)スティーヴン・マロック, コルウィン・トレヴァーセン 編、根ケ山光一、今川恭子他監訳(2018)『絆の音楽性―つながりの基盤を求めて』音楽之友社

監修者Profile

東洋大学福祉社会デザイン学部子ども支援学科准教授山原麻紀子

東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学大学院音楽研究科修士課程および博士後期課程(音楽教育)修了。博士(学術)。専門分野は音楽教育学、音楽学で、乳幼児期から児童期にかけての子どもと音楽の関わりを中心に研究。共著に、『幼稚園教諭・保育士・小学校教諭養成課程用 音楽を学ぶということーこれから音楽を教える・学ぶ人のためにー』(教育芸術社)などがある。