40歳から衰え始める飲み込む力。
「のどの筋トレ」と発声で、嚥下機能を高める!

2024.02.20
歌うときにも大活躍する喉は、食物や水分を飲み込み、命をつなぐ大切な役割を持っています。しかし近年、「嚥下(えんげ=飲み込む)機能」の低下から、栄養状態が悪化して体力が衰えたり、誤嚥性肺炎を発症するシニアが増加しています。実は、嚥下障害からの回復はとても難しく、飲み込む力の維持が何より大切。若いうちから嚥下障害を予防することが肝心です。
「自分も嚥下障害になってしまうのでは…」と不安を感じている方も多いと耳にしたSinging編集部。今回は、一般社団法人嚥下トレーニング協会筆頭理事の浦長瀬昌宏先生に「誰でもできる、嚥下機能の鍛え方」を教わりました。驚くほど簡単なので、ぜひお試しを!
        • 飲み込む筋力を鍛え、
          いつまでも美味しいものを味わえる人生を。

        • —最初に、嚥下障害とはどのような状態を指すのかを教えてください。

          嚥下障害は、飲み込む能力が弱くなる状態を指し、悪化すると通常の食事ができなくなります。嚥下障害になりやすい生活習慣としては、とろみのある「飲み込みやすい食事」を食べ続けること、食事量が少ないこと、人との会話が減ることなどが考えられます。嚥下障害になりやすいのは筋力が衰える高齢の方、性別としては男性です。食べ物を飲み込みづらくなったり、声が出にくくなったり、こもったりするようになって、障害に気づかれる方もいらっしゃいます。

        • —嚥下障害と判明した場合、どのような改善法を試みたらよいか教えてください。

          老化による障害の場合は、飲み込む力を改善させる訓練(嚥下リハビリ)を行う必要があります。ただ、嚥下障害は重症化すると改善がとても難しいので、病院にいらっしゃる時点で、できることが限られます。病院外の活動として、わたしたちが「予防トレーニング」の普及に力を注いでいるのも、そのためです。

        • —先生が「嚥下トレーニング協会」を立ち上げられたのは、予防の重要性を痛感されているからなんですね。

          そうですね。嚥下動作というのは運動機能です。機能的に歩けなくなった方を歩かせるのが難しいのと同じで、飲み込む動作ができなくなった方を元に戻すのは相当ハードルが高い。実は40歳から飲み込む力は衰え始めるんです。できるだけ早いタイミングで、嚥下という動作がどのような理屈で行われているのか、そして、予防法について知っていただきたいという想いがあります。

          医療機関で検査をすると、シニアの方(平均年齢68歳)の約70%は、嚥下機能に何らかの問題を抱えていると言われています。ただ、機能が落ちても急に飲み込めなくなるわけではありません。運動機能を維持させるトレーニングはできますし、予防は十分にできますよ。

        • 「飲み込む動作」を意識し、
          「のどトレ」で嚥下障害を未然予防!

        • —では、嚥下機能をアップさせるために必要なことをぜひ教えてください。

          まず、喉に手を当てたまま、唾液でも水でもいいので、飲み込んでみてください。のど仏が動くのがわかりますか? 嚥下動作においては、のど仏がある喉頭を上に動かすことが重要です。次に、顎の下に手を当ててから、飲み込んでみてください。顎下の筋肉が硬くなったのを感じられたと思います。顎下の筋肉を鍛えることも、嚥下能力アップにつながります。実は、フェイスラインもシュッとするのでおすすめです。

        • 【のどの動きを意識する方法】

        • あごの下をさわりながら飲み込む。

        • 飲み込むという動作は、一日に700回から1,000回行われているものの、ほとんど意識されることはありません。まず、嚥下の際に喉がどのように動いているか、どんな筋肉を使っているのかを知り、意識することが大切です。飲み込むとき、歌っているときにのどを触ってみてください。

        • —確かに、喉を意識すると言えば風邪をひいたときくらいでした。嚥下機能を鍛えるトレーニングでおすすめはありますか?

          本気でトレーニングをしたい方は、当協会でも推奨している「のど上げ体操」を実践していただけたらと思いますが、一番手軽な訓練は、普段のひと口の3倍くらいの量のお水を、あごに力を入れ、力いっぱいごくんと飲み込むこと。ごくんと音が鳴らせるとベターです。これだけでも喉は鍛えられますが、飲み込んだ後に舌を上あごに当て、軽くあごを引いて、のど仏を上に引っ張るように意識して3~5秒キープすると、より効果があります。

        • 【飲み込む力を高めるトレーニング法】

        • あごの下をさわりながら飲み込む。

        • —喉を鍛えることで得られるメリットを教えてください。

          トレーニングによって嚥下機能を高めることで、得られるメリットは2つあります。まず、誤嚥性肺炎や窒息といった、命に関わる事象を防止できることは最大のメリットでしょう。また、食事から十分な栄養摂取ができるため、サルコペニア(筋力低下)や認知症などの防止にもつながります。多様な食感や風味を持つ美味しい食事を長年にわたって味わえるのも、素晴らしいことです。

        • —近年、誤嚥性肺炎で命を失われる方も増えていますね。

          医療施設や介護施設など、高齢者向けの食事を提供している施設では、誤嚥事故や誤嚥性肺炎を起こさないよう「飲み込みにくい食事」は徹底的に避けられます。70歳以上は一律で「飲み込みやすい食事」と決めている施設もあり、飲み込む力が保たれていた方でも、飲み込みやすい食事が続いて嚥下能力が低下する恐れがあるんです。

          ちなみに「飲み込みやすい食事」に欠かせない「とろみ」をつけようとすると、水分が増えます。水分と栄養を同時に増やそうとすると、味付けが薄すぎるか濃すぎるかの両極端になって美味しくはない。「飲み込みにくい食事」はその逆ですね。硬さの異なる多様な食材が使われていて、歯ごたえを感じるもの。美味しい食事をきちんと食べることも、飲み込む力をアップさせる訓練と言えます。

        • のびのび歌うこと、楽しいおしゃべりが
          嚥下能力をバックアップ

        • —では、歌うことは嚥下トレーニングになりますか?

          実は、声質を安定させて上手く歌うためにはのど仏を動かさない方が望ましく、嚥下トレーニングで目指す「のど仏を上げる」とは正反対の行為です。ただ、歌唱は舌やのど仏、肺などを使うため、間接的ではありますが嚥下能力の強化につながります。実際に、アナウンサーや歌手の方は嚥下トレーニングをすぐにマスターされるケースが多く、発声や歌唱が嚥下能力アップを後押しすることは間違いなさそうです。

          周りに人がいると誤解を招きそうですが(笑)、無理やり「ヒー!」と高い声を出したり、「オー」と低い声を出すと、のど仏が上下して嚥下トレーニングになります

        • —最後に、カラオケ等で歌う際、喉のために気をつけるポイントがあれば教えてください。

          歌唱時間が長すぎると、声帯を痛めやすくなります。声帯の粘膜を傷つけないよう、しっかり加湿し、歌う時間を適度にすることが大切です。ここ数年で、誤嚥性肺炎の患者さんは約1.5倍に増えたと言われています。ぜひ、のどトレとともに、歌を楽しんで喉を鍛えてください。

監修者Profile

浦長瀬 昌宏(うらながせ あつひろ)

一般社団法人嚥下トレーニング協会筆頭理事。耳鼻咽喉科専門医。2003年神戸大学医学部医学科卒業。同大大学院医学研究科耳鼻咽喉科頭頸部外科学分野卒業。ENT medical lab主任研究員。2015年に日本初となる嚥下トレーニング外来を開設、2017年に一般社団法人嚥下トレーニング協会を設立し、筆頭理事に就任。『誤嚥性肺炎が怖かったら「のど上げ体操」をしなさい』(時事通信社)などの著書がある。