はじめましての人も、歌えばひとつに!
スナック研究の第一人者が語る、カラオケが持つ「人をつなぐ力」

2023.10.17
全国津々浦々の街角で、ひんぱんに見かける「スナック」の看板。大人同士の肩ひじ張らない社交場として、幅広い世代に愛されてきました。おいしいお酒を片手に心地よく語らい、歌い、新しい出会いを楽しむ―そんな場の雰囲気の醸成に欠かせないカラオケのチカラに、Singing編集部が着目。日常の肩書きにこだわることなく、その場の人々をつなぐスナックという文化と、歌うことで生まれるコミュニケーションについて、東京都立大学で法哲学を教える傍ら、スナック研究会の代表も務める⾕⼝功⼀教授に教えていただきました。
        • ココさえ押さえておけば安心!
          スナックの定義やマナー

        • —まずは、スナックの起源について教えてください。欧米のパブとは少し異なるイメージがあるのですが、スナックは日本独自の文化と考えてよいでしょうか?

          スナックはまぎれもなく日本独自の文化です。1964年、東京オリンピックの開催にともなう夜の店の深夜営業の規制をきっかけに生まれたと言われています。

        • —聞くところによると、スナックは全国に10万軒以上あるそうですが、特に多い地方や地域はあるのでしょうか。

          10万軒という数字は実は10年以上前のもので、その後コロナ禍の前には7万軒ほどになり、現在では4万軒ほどに減っていると推測されます。人口比や地理的な偏りはありますが、都道府県ごとでは、宮崎県を筆頭に西日本に圧倒的に多く存在していることがわかります。

        • —西高東低の傾向があるのですね。ところで、スナックとバーの違いを教えてください。

          法律上は、いずれも深夜酒類等提供飲食店のくくりになりますが、バーは必ずしも店員や他の客と話すことを前提とはしていません。むしろオーセンティックなバーでは静かに呑むものだったりしますが、スナックでは初手から人と話をすることが前提とされていることが大きな違いになりますね。

        • —谷口先生が考えるスナックの魅力とはズバリ何でしょう?また、守るべきルールやマナー等はありますか?

          スナックの魅力は、ママ(マスター)をはじめとするお店の人や他のお客さんとの気取らないコミュニケーションを楽しむ点にあります。酒の席だから何をしても良いというわけではなく、むしろ皆で楽しむために気遣い合う点にこそスナックの良さがあるので、威張らず、怒らず、良い機嫌で楽しむのが大切なマナーでしょう。

        • —共通項のない人たちとでも、スナックであれば仲良くなれる気がするのですが。

          家族や仕事などの関係性とは違った、緩やかで直接的な利害関係の結びつきがないところが良いのではないでしょうか。とえいえ、まったくの赤の他人でもない、絶妙なユルさこそが、スナックならではの人間関係をかたち作っていると思いますね。

        • 知らない人同士でも、
          一曲歌えばその場で打ち解けることも

        • —そんなスナックで、カラオケが楽しまれるようになった背景について教えてください。

          カラオケは1977年以降、夜の街に出現しました。当初はカセットテープが主流だったんですよ。その後80年代に、駅前などでよく見るスナックがたくさん入ったビル(社交ビルなどと呼ばれます)が各地に広がっていく中、そのようなビル建設とセットで夜の街に深く広がっていきました。高度成長期と重なり、バブルで頂点に達する夜の街の隆盛の中、盛り上がっていった文化と言えるでしょう。その後、カラオケボックスの誕生・隆盛などを経て、現在に至っています。

        • —カラオケボックスが生まれるずっと前から、スナックでは楽しまれていたわけですね。スナックで、カラオケがコミュニケーションツールとして効果的な理由は何だと思われますか?

          「目は口ほどに語る」ではありませんが、くだくだしく話すよりも、一曲歌えば即打ち解けることもあるものです。お互い知らないからこそ、歌を介して仲が深まることも多々あったなと経験的にも思いますね。

        • —常連さんはともかく、初めての店で知らない人たちの前で歌うことには少し抵抗を覚えますが、それを受け入れるスナックのお客さまはどんなふうに感じているものなのでしょうか。

          声を張り上げてうるさく歌ったり、いきなり何曲も入れたりしない限りは、常連のお客さんというものは、やさしく見守ってくれる存在です。独りよがりにならないよう、お店の雰囲気を汲んで歌えばOKです。

        • —歌に自信がなくても歌ってよいものなのでしょうか? 場が盛り下がりそうで不安です。

          皆がプロのように上手いワケではないので、歌の巧拙を気にする必要はないでしょう。むしろ、他の人が下手でも、うまく盛り上げるところにこそ妙味があるのでは。

        • —スナックでカラオケを楽しむためのマナーやルールを教えてください。

          初めてのお店ではデンモクの履歴を見るべし、などとよく言われますが、年齢層を推し量ったり、そこで歌われている曲などを聴きながら、雰囲気を壊さないよう気遣いすることが一番ではないかと。拍手や手拍子などで盛り上げるのも良いですね。

        • —もしカラオケがなかったとすると、スナックでのコミュニケーションはどう変化していたと思われますか?

          ずっと喋り続けるというのもなかなか大変なことなので、カラオケがあったからこそ持った「間」というのも膨大にあったことでしょう。カラオケがあるからこそ、スナックという独特な空間が維持されたという面もあると思いますね。

        • —今後、スナックにどのような役割を期待されていますか? また、スナックは、どんな進化をしていくと考えられますか?

          今後の日本は、コロナ禍で一時的に覆い隠されていた「人口減少」と「超高齢化」という課題に改めて正面から向き合うことになります。そのような状況の中で、コミュニティ志向のスナックや介護スナックなど、それらの課題の処方箋ともなり得る新しい形のスナックも登場してきています。

        • —ところで、先生の十八番は何ですか?

          私は本当に古今東西あらゆる歌を歌うので、「これこそが自分の十八番」という特定の歌はありません。しいて言うなら、一期一会のスナックで、出会ったいろいろな人たちと楽しんで歌う一曲一曲が十八番なのだろうと思います。

        • 訪れた地域の人々と瞬時につないでくれる
          カラオケを通して感じる“歌のチカラ”

        • —スナック研究会の代表として全国各地のスナックを訪れ、さまざまな人たちとカラオケを楽しみ、研究を進めて来られた谷口先生だからこそ感じた“歌のチカラ”についてのエピソードを教えてください。

          初めての土地に行く時には、ご当地ソングのようなものがあれば必ず事前に練習します。それを歌って地元の方たちに喜んでもらえると嬉しいですね。今はSNSなどで見つけられて便利ですよ。

        • —最後に、第一興商が掲げる「Singing 歌いながらいこう」への共感ポイントがあれば、お聞かせください。

          コロナ禍で長らく歌えない時期があったからこそ改めて、自由に歌えること、歌うことの素晴らしさを多くの人に知ってもいただきたいですね。

監修者Profile

谷口功一

東京都立大学法学部教授。スナック研究会・代表。日本の文化であるスナックについて学術的な研究が全く存在しないことに驚き、2015年に研究会を立ち上げた。共同研究者には、政治学、日本文学・美術史、行政学、刑法、憲法学など多様な学術の専門家たちが名を連ねた。著書に『日本の夜の公共圏-スナック研究序説』(白水社)、『日本の水商売-法哲学者、夜の街を歩く』(PHP研究所)など。