仕事中心に生きてきた多くのシニア男性が、いざリタイアを迎えたときにぶち当たること。それは、「時間はあるのに、やりたいことが見つからない」という現実です。会社以外にほとんどコミュニティをもたなかったために、人との交流を目的に外出する機会も激減。自宅でぶらぶらと過ごすことが増えてしまって、パートナーや子どもから疎ましがられた結果、鬱々として心身の健康を損ねてしまうことも珍しくありません。
そんな家族間トラブルの打開策としてご紹介するのが、「スポーツボイス」です。スポーツと声にどんな関係が?と思われるかもしれませんが、これは歌手の東哲一郎さんが考案・開発した、歌いながら心身を鍛えるエクササイズのこと。へその下にある丹田*1を意識しながら音楽に合わせて活発に動き、大きく声を出すことで、運動機能*2や心理的健康*3の維持増進を図っていきます。ひとりでもトレーニングできますが、夫婦や団体で取り組むことで交流も生まれ、孤立しがちなリタイア後に、新たなコミュニティを構築するという効果も期待できるのです。トレーニングによって生まれる身体的・心理的効果は、研究によって実証されています*4。まず、身体に表れる効果についての調査の結果がこちら。
スポーツボイスのプログラム受講者を対象に、5mの歩行に要する時間を計測したところ、受講後は8割の人に移動の速度向上が見られました。
*1:へそから指3、4本分下にあり、中国医学や武道などで重要視されるツボのこと
*2:人が身体を動かす機能。ほとんどの人は加齢とともに低下するが、日常活動や病気の有無により個人差が大きく出る *3:WHOの定義によると、「身体的」「社会的」とともに、人間の良好で健康的な生活を維持するために欠かせない要素のひとつ *4:特定非営利活動法人SCOP. 福岡ヘルス・ラボ「健口いきいき教室」(2018年)効果検証報告書. 2019筋力の低下が原因で起きる日常のトラブルは他にもあります。とくに、食事中にむせることが増えたという人はご注意を! おもにシニア世代に多いとされる「嚥下障害*5」から、「誤嚥性肺炎*6」を引き起こす恐れがあるからです。スポーツボイスを続けることで、声帯とともに喉や口周りの筋肉も鍛えられるため、嚥下機能が高まって誤嚥を予防する効果が見込まれます。
●口腔機能の向上にも有効
連続して3回の空嚥下の時間を測定したところ、受講後は約7割の人がスムーズにものを飲み込めるようになりました。●生きがいが生まれたことで、家族とのコミュニケーションも良好に
身体機能はもちろんのこと、心理的にも変化があったことを表したのが、次の「日常生活に対する意識変容アンケート」の結果です。家族との団らんに生きがいを感じる感覚が改善・維持された人は8割を超え、トレーニングによって心理的変化があったことをはっきりと示しています。
以上の調査結果から、身体的機能が向上したことで、心理的にも自信とともによい変化が生まれ、ひいては家族とのコミュニケーションも良好になったことが見て取れるのではないでしょうか。*5:加齢による筋力の低下や、麻痺を伴う疾患などにより、嚥下(ものを飲み込む)機能が低下した状態
*6:おもに食事中に気道内に異物が侵入したことによって起きる肺炎