さて、記念すべき初回に、どの年を選ぼうかと考えたのですが、景気付けに、カラオケが盛り上がった年、それも歌だけではなく、踊りも含めて派手に楽しんだ年がよいかと思い、2014年に着目してみました。
年間ランキングのベスト10をご覧ください。これを見るだけでも、2014年のカラオケボックスの熱気が伝わってくる感じがしませんか?
注目は、1位の特大ヒット映画の主題歌に続く2位です。AKB48『恋するフォーチュンクッキー』。通称「恋チュン」。この文字列を見るだけで、センター・指原莉乃を中心に、両手を使った独特の不思議な振り付けを大人数で踊る、あのMV(ミュージック・ビデオ)を思い出す方も多いでしょう。
CDのリリースは前年の13年の8月21日。今となっては、AKB48の代表曲としてのイメージも強い「恋チュン」ですが、13年のCDの売上では、同じくAKB48の『さよならクロール』を下回っており、また同年のDAM年間カラオケランキングでも16位にとどまっていました。しかし、後述するようなダンス映像の爆発的普及が加勢して、年を越した14年には、一気に2位へ大躍進。AKB48は国民的アイドルの座を確固たるものとし、センターを務めた指原莉乃は、一躍時代の顔となったのです。 他にも『ハナミズキ』『糸』『奏(かなで)』『栄光の架橋』というバラード群の間を縫うように、元気系な定番曲がベストテンを飾っています。
5位は超定番、95年発売の高橋洋子『残酷な天使のテーゼ』(前年DAM年間カラオケランキングも3位)、9位は沖縄出身の3ピースバンド=MONGOL800による01年発売『小さな恋のうた』(同5位)、10位は09年発売のゴールデンボンバー『女々しくて』(同1位)。
「恋チュン」と「女々しくて」――8年前、14年の忘年会カラオケは、さぞかし元気で派手で賑やかだったことでしょう。なぜ、こんなに「元気カラオケ」な年になったのでしょうか。私が考えるのは、この年の3年前=11年の東日本大震災からの反動です。 震災後の、あの不安な日々。そしてマスメディアやネットを飾り続けた「絆」の文字。11年の年末、京都・清水寺で特大の和紙に墨で書き上げられた漢字も、もちろん「絆」でした。
震災から3年経って、少しずつですが復興が進んでいく中で、震災時に人々が心から求めた「絆」の具現化としての「一体感」や「参加性」が、エンタテインメント市場に向けて渇望されたと思うのです。 そんな背景もあって、先の『恋するフォーチュンクッキー』を集団で踊る、いわゆる「踊ってみた」映像が、驚くほどの数とスピードで拡散されていったのです。「●●のイベントで『恋チュン』踊って大盛りあがり」「●●が踊る『恋チュン』動画が大好評」「●●村、『恋チュン』踊って村おこし」――14年の新聞記事を検索してみると、このような見出しの記事が、数多く出てきます。いかにこの曲とあのダンスが愛され、そして日本全国の人々が一体となって参加したかを痛感します。10位のゴールデンボンバー『女々しくて』も、手を上げてピョンピョンと跳ねる独特な振り付けを、みんなで踊りたいがために、カラオケの場で愛されたように思います。そして、このような「一体感」「参加性」需要に拍車をかけたのがスマートフォン(スマホ)でした。普及率について、いくつかのデータを見てみましたが、この頃には、若年層においてはスマホ派が過半数になっていたようです。
いよいよ本格普及したスマホを使って若者たちは、「一体感」「参加性」で盛り上がる「元気カラオケ」を撮影し、後からそれをみんなで確認して、さらに盛り上がる――。ここまで述べてきたことを、ある意味で証明するのが、『恋するフォーチュンクッキー』リリース時のキャッチコピーです。
――「“恋チュン”踊れば、嫌なことも忘れられる」
「嫌なこと」とは何でしょうか。それは東日本大震災の記憶かもしれないし、相変わらずの閉塞した景気動向だったかもしれません(ちなみにこの年の4月、税率が5%から8%に引き上げられ、個人消費が低迷)。
対してこの曲は、老若男女が楽しめる昭和ディスコ風リズムに、一度聴いたら忘れられないメロディ、そしてパパイヤ鈴木による、異常にキャッチーでキュートな振り付けなどなど、個々人の心に巣食う「嫌なこと」を一掃させる仕掛けが満載でした。あれから8年の月日が経ちました。しかし、あの年、東日本大震災や景気低迷や、個人個人の心の中にある「嫌なこと」を抱えながらも、カラオケボックスの中で「恋チュン」を、みんなで歌って・踊って・撮影することで、「歌のチカラ」、ひいては「生きるチカラ」を全身に感じた記憶は、これからも古びることはないでしょう。