「カラオケチャート研究所」
第1回:元気に歌って踊った2014年

2022.10.24
今回から始まりました「カラオケチャート研究所」。これまでのDAM年間カラオケランキングを見ながら、その年その年の音楽シーンを振り返っていきたいと思います。
担当しますのは、カラオケ大好きな音楽評論家=スージー鈴木です。よろしくお願いします。
        • 2014は「恋チュン」の年

        • さて、記念すべき初回に、どの年を選ぼうかと考えたのですが、景気付けに、カラオケが盛り上がった年、それも歌だけではなく、踊りも含めて派手に楽しんだ年がよいかと思い、2014年に着目してみました。

        • 年間ランキングのベスト10をご覧ください。これを見るだけでも、2014年のカラオケボックスの熱気が伝わってくる感じがしませんか?

          注目は、1位の特大ヒット映画の主題歌に続く2位です。AKB48『恋するフォーチュンクッキー』。通称「恋チュン」。この文字列を見るだけで、センター・指原莉乃を中心に、両手を使った独特の不思議な振り付けを大人数で踊る、あのMV(ミュージック・ビデオ)を思い出す方も多いでしょう。

          CDのリリースは前年の13年の8月21日。今となっては、AKB48の代表曲としてのイメージも強い「恋チュン」ですが、13年のCDの売上では、同じくAKB48の『さよならクロール』を下回っており、また同年のDAM年間カラオケランキングでも16位にとどまっていました。

          しかし、後述するようなダンス映像の爆発的普及が加勢して、年を越した14年には、一気に2位へ大躍進。AKB48は国民的アイドルの座を確固たるものとし、センターを務めた指原莉乃は、一躍時代の顔となったのです。 他にも『ハナミズキ』『糸』『奏(かなで)』『栄光の架橋』というバラード群の間を縫うように、元気系な定番曲がベストテンを飾っています。

          5位は超定番、95年発売の高橋洋子『残酷な天使のテーゼ』(前年DAM年間カラオケランキングも3位)、9位は沖縄出身の3ピースバンド=MONGOL800による01年発売『小さな恋のうた』(同5位)、10位は09年発売のゴールデンボンバー『女々しくて』(同1位)。

          「恋チュン」と「女々しくて」――8年前、14年の忘年会カラオケは、さぞかし元気で派手で賑やかだったことでしょう。
        • キーワードは「一体感」と「参加性」

        • なぜ、こんなに「元気カラオケ」な年になったのでしょうか。私が考えるのは、この年の3年前=11年の東日本大震災からの反動です。 震災後の、あの不安な日々。そしてマスメディアやネットを飾り続けた「絆」の文字。11年の年末、京都・清水寺で特大の和紙に墨で書き上げられた漢字も、もちろん「絆」でした。

          震災から3年経って、少しずつですが復興が進んでいく中で、震災時に人々が心から求めた「絆」の具現化としての「一体感」や「参加性」が、エンタテインメント市場に向けて渇望されたと思うのです。

          そんな背景もあって、先の『恋するフォーチュンクッキー』を集団で踊る、いわゆる「踊ってみた」映像が、驚くほどの数とスピードで拡散されていったのです。「●●のイベントで『恋チュン』踊って大盛りあがり」「●●が踊る『恋チュン』動画が大好評」「●●村、『恋チュン』踊って村おこし」――14年の新聞記事を検索してみると、このような見出しの記事が、数多く出てきます。いかにこの曲とあのダンスが愛され、そして日本全国の人々が一体となって参加したかを痛感します。10位のゴールデンボンバー『女々しくて』も、手を上げてピョンピョンと跳ねる独特な振り付けを、みんなで踊りたいがために、カラオケの場で愛されたように思います。

          そして、このような「一体感」「参加性」需要に拍車をかけたのがスマートフォン(スマホ)でした。普及率について、いくつかのデータを見てみましたが、この頃には、若年層においてはスマホ派が過半数になっていたようです。

          いよいよ本格普及したスマホを使って若者たちは、「一体感」「参加性」で盛り上がる「元気カラオケ」を撮影し、後からそれをみんなで確認して、さらに盛り上がる――。
          このプロセスを通じて、東日本大震災でできた心の隙間を埋め合わせしたい――そんな心理が、この年のカラオケ、いやエンタテインメント全体の背景にあったと思うのです。
        • (この年を象徴する1曲)
          AKB48『恋するフォーチュンクッキー』

        • ここまで述べてきたことを、ある意味で証明するのが、『恋するフォーチュンクッキー』リリース時のキャッチコピーです。

          ――「“恋チュン”踊れば、嫌なことも忘れられる」

          「嫌なこと」とは何でしょうか。それは東日本大震災の記憶かもしれないし、相変わらずの閉塞した景気動向だったかもしれません(ちなみにこの年の4月、税率が5%から8%に引き上げられ、個人消費が低迷)。

          対してこの曲は、老若男女が楽しめる昭和ディスコ風リズムに、一度聴いたら忘れられないメロディ、そしてパパイヤ鈴木による、異常にキャッチーでキュートな振り付けなどなど、個々人の心に巣食う「嫌なこと」を一掃させる仕掛けが満載でした。
          そして、そんな元気で派手で賑やかな曲を象徴する、言わば「2014年のポップアイコン」としての指原莉乃の存在――。

          あれから8年の月日が経ちました。しかし、あの年、東日本大震災や景気低迷や、個人個人の心の中にある「嫌なこと」を抱えながらも、カラオケボックスの中で「恋チュン」を、みんなで歌って・踊って・撮影することで、「歌のチカラ」、ひいては「生きるチカラ」を全身に感じた記憶は、これからも古びることはないでしょう。

執筆者Profile

音楽評論家スージー 鈴木

1966年、大阪府東大阪市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。昭和歌謡から最新ヒット曲までその守備範囲は広く、様々なメディアで執筆中。ラジオDJ、小説家としても活動。