そもそも吃音症って小学生や、もっと小さい頃に発症するのが一般的でなんですけど、僕の場合ちょっと特殊で。もともと、早口だとか、舌足らずだとは親から言われてはいたんですけど、自覚したのは中学に上がってからでした。でも、高校生になるまでには親や友だちにも言えなくて、喋る前にタメを作ったり、どもりにくい言葉選びをしたりして、なんとかごましていました。
はい。それで、高校一年生の時に、精神的に苦痛なことが重なって、吃音の症状が悪化してしまったんですね。症状が重い時は、友だちとの会話が成立しない日もあるくらいで。喋ろうと思っても言葉が出ないし、友だちはそんな僕を待っているしかないので、悔しかったですね。
周りの友だちには恵まれましたね。吃音でからかわれたことは何回かありますけど、いじめられた経験はなくて。そんな、友だちたちと遊びで始めたのがサイファー(公園や広場などで複数人で輪になって即興でラップをすること)でした。
当時、世の中的にもサイファーがすごく流行っていて、僕もカラオケとかで歌うことは以前から好きだったので、ラップ好きな友だちとスマホで流したビートに合わせてラップをしてみたんです。そしたら、ラップだとどもらずに言葉を紡げることに気づきました。話すことができなくても、ラップでなら日常会話ができる。そう気づいてからはラップが挨拶がわりみたいな、友だちと会ったら、会話をする間もなくすぐビートを流してラップをするという日々が始まりました。
はい。実際に、吃音症や失語症など発話障がいの症状を、音楽を使って軽くしようという取り組みはあるみたいです。音楽の中でも、特にラップは一番歌が「喋り」に近いので、話す練習にもなるんですよね。
平日は数時間、土日は12時間、ラップをするのが当たり前というぐらいのめり込んで、友だちからも「お前、ラップ上手いから(選手権に)出られるんじゃない?」と言ってもらえるようになったんです。せっかくラップなら喋れるということに気づけたんだし、これを趣味で終わらせるのはもったいないと思って、ステージに立つことを決意しました。
はい。オーディションに出るならマイクの使い方も練習しとかなきゃと思って。ワイヤレスではなく、コード付きのものを選んだのは、コードを持ちながら歌うのがラッパーっぽいよねって友だちと話して……形から入ったんですけどね(笑)
そうですね。あと僕にとってももう一つターニングポイントとなったのが、ラップの中で吃音症について触れるようになったことです。最初は葛藤があったんですよ。ラッパー達磨として、ラップの実力で勝負したかったのに、吃音を全面に押し出したら、吃音という「キャラクターの力」になってしまうんじゃないかって。
でも、オーディションの審査員の方からは、吃音のことをリリック(歌詞)に入れたほうが絶対にいいよってアドバイスをいただきました。ヒップホップはラップの技術を競うだけじゃなく、自分のバックボーンを全面に押し出した戦い方もあるんだから、「吃音」という背景を武器にしてラップをしたほうが、達磨くんには合っているし、かっこいいよって言ってもらえたんです。それから、吃音は“自分の武器”になるんだと認識するようになりました。
3回目の挑戦でやっとオーディションに合格して、「高校生RAP選手権」の本戦に出場することができたんですけど、そこで対戦相手の子に「その経験、曲にしやがれ」と言われたんです。実は、それ以前から吃音についてのリリックは書いてはいたんですけど、曲にするかどうかは迷っていて。でもその子の言葉に背中を押されたので、絶対に曲として出そうと、半年間で完成させました。
吃音症についてみんなに知ってもらいたいという気持ちもあるのですが、本音としては、ただの憂さ晴らしでもありました。「この野郎、こん畜生!」「俺はこれだけ苦労してきたんだ、お前ら聞けよ!」と、言いたいことをとにかく曲にして、叫んで歌ったというか。
最初にお伝えした通り、僕、吃音症であることを親にも言えてなかったんですよ。高校生RAP選手権に出場するタイミングで初めて打ち明けたんですね。よく吃音症は「治すことができなくても、見えなくすることができる障がい」だと言われます。実際、成人してからも、周りにバレないように生活をされている方がたくさんいらっしゃるみたいです。
僕も音楽や歌と出合ってなければ、きっと人に伝えることができなかった。ところがいまは、全世界に胸を張って吃音症であることを発信できているし、ラップを通じて自分の世界も広がりました。この「歌のチカラ」というのは、本当にすごいものだなと思いますね。
ラッパーとして新しい曲も発表していきたいですし、実はいま名古屋の専門学校で言語聴覚士の勉強をしているので、そこで学んだことも生かして、吃音症について、社会の理解を深めていくための取り組みを何かできたらなと思っています。
通常はスムーズに話しにくい吃音症の方が、ラップだとスムーズに歌えるメカニズムとして考えられるのは、ラップは「音楽」として、普通の会話は「ことば」として作り出され、両者で使われる脳の回路が違うからでしょう。大まかに言うと、音楽は右脳優位、言語は左脳優位とされています。会話をするとき、脳のいろいろな場所が働きますが、とくに有名なのがウェルニッケ野(言語理解)とブローカ野(発話)です。これらの言語中枢は左半球のほうが右半球より大きいことが多いです。そのブローカ野にも左右差がはっきりしない「対称領域」と呼ばれる部分があり、この右半球側は歌うときの言葉の連結(和声進行)に関係するとされています。吃音は和声進行*1と関係があるかもしれませんね。
また、「楽しい」「うれしい」という情動は、脳の働きを全体的に改善してくれると考えられています。ラップも歌も、こうした「音楽的情動」を惹き起こして、やる気を高めてくれることでしょう。