ラップがあったから僕は「本音」を叫べた。
吃音症のラッパー・達磨の人生を変えた「歌のチカラ」

2023.02.21
「吃音症(きつおんしょう)のラッパー」の異名を持つ、愛知県出身のラッパーの達磨(だるま)、22歳。言葉が滑らかに出てこないという発話障がい「吃音症」に悩まされた高校時代、仲間と出会い、ラップと出会う。やがて高校生たちがフリースタイルラップで競う大会「BAZOOKA!!!/高校生RAP選手権」の本選出場を果たし、一躍話題のアーティストに。吃音症で苦しんだ自らの心情を赤裸々にラップで吐露した楽曲『音文(おとふみ)』の動画は、動画投稿サイトでも数多く視聴されています。今もなお、吃音と向き合いながら、ラップを続ける達磨さん、彼の信じる「歌のチカラ」について、お話を伺いました。
        • 吃音症でもラップでなら日常会話ができた

        • —達磨さんが吃音症を発症したのは何歳くらいの頃でしたか?

          そもそも吃音症って小学生や、もっと小さい頃に発症するのが一般的でなんですけど、僕の場合ちょっと特殊で。もともと、早口だとか、舌足らずだとは親から言われてはいたんですけど、自覚したのは中学に上がってからでした。でも、高校生になるまでには親や友だちにも言えなくて、喋る前にタメを作ったり、どもりにくい言葉選びをしたりして、なんとかごましていました。

        • —吃音症であることが、悟られないように。

          はい。それで、高校一年生の時に、精神的に苦痛なことが重なって、吃音の症状が悪化してしまったんですね。症状が重い時は、友だちとの会話が成立しない日もあるくらいで。喋ろうと思っても言葉が出ないし、友だちはそんな僕を待っているしかないので、悔しかったですね。

        • —でも、友だちは達磨さんの言葉が出るまで待ってくれたんですね。

          周りの友だちには恵まれましたね。吃音でからかわれたことは何回かありますけど、いじめられた経験はなくて。そんな、友だちたちと遊びで始めたのがサイファー(公園や広場などで複数人で輪になって即興でラップをすること)でした。

          当時、世の中的にもサイファーがすごく流行っていて、僕もカラオケとかで歌うことは以前から好きだったので、ラップ好きな友だちとスマホで流したビートに合わせてラップをしてみたんです。そしたら、ラップだとどもらずに言葉を紡げることに気づきました。話すことができなくても、ラップでなら日常会話ができる。そう気づいてからはラップが挨拶がわりみたいな、友だちと会ったら、会話をする間もなくすぐビートを流してラップをするという日々が始まりました。

        • —ラップだと、どもらずに友だちとコミュニケーションができた。

          はい。実際に、吃音症や失語症など発話障がいの症状を、音楽を使って軽くしようという取り組みはあるみたいです。音楽の中でも、特にラップは一番歌が「喋り」に近いので、話す練習にもなるんですよね。

        • 吃音についてラップをすることへの葛藤

        • —友だちとの遊びから一歩進んで「高校生RAP選手権」のオーディションを受けようと思ったきっかけはなんだったんですか?

          平日は数時間、土日は12時間、ラップをするのが当たり前というぐらいのめり込んで、友だちからも「お前、ラップ上手いから(選手権に)出られるんじゃない?」と言ってもらえるようになったんです。せっかくラップなら喋れるということに気づけたんだし、これを趣味で終わらせるのはもったいないと思って、ステージに立つことを決意しました。

        • —その際に、マイクを購入されたとか。

          はい。オーディションに出るならマイクの使い方も練習しとかなきゃと思って。ワイヤレスではなく、コード付きのものを選んだのは、コードを持ちながら歌うのがラッパーっぽいよねって友だちと話して……形から入ったんですけどね(笑)

        • 高校生の時から愛用しているマイク。いまでもこのマイクを使用してストリートでサイファーをすることもあるのだとか。サイファーの際に使用している小型スピーカーは、「達磨」のMCネームにちなんで貼っているダルマのシールがアクセントに
          高校生の時から愛用しているマイク。いまでもこのマイクを使用してストリートでサイファーをすることもあるのだとか。サイファーの際に使用している小型スピーカーは、「達磨」のMCネームにちなんで貼っているダルマのシールがアクセントに
        • —マイクを買ったことが一つの決意表明というか、達磨さんの人生のターニングポイントになったんですね。

          そうですね。あと僕にとってももう一つターニングポイントとなったのが、ラップの中で吃音症について触れるようになったことです。最初は葛藤があったんですよ。ラッパー達磨として、ラップの実力で勝負したかったのに、吃音を全面に押し出したら、吃音という「キャラクターの力」になってしまうんじゃないかって。

          でも、オーディションの審査員の方からは、吃音のことをリリック(歌詞)に入れたほうが絶対にいいよってアドバイスをいただきました。ヒップホップはラップの技術を競うだけじゃなく、自分のバックボーンを全面に押し出した戦い方もあるんだから、「吃音」という背景を武器にしてラップをしたほうが、達磨くんには合っているし、かっこいいよって言ってもらえたんです。それから、吃音は“自分の武器”になるんだと認識するようになりました。

        • 何かを伝えたいというよりも、ただ本音を叫びたかった

        • —吃音症であるがゆえに味わった悔しい思いや、過去の体験、未来へ進む決意などを歌った楽曲『音文』、この曲はどのようにして生まれたのでしょうか。

          3回目の挑戦でやっとオーディションに合格して、「高校生RAP選手権」の本戦に出場することができたんですけど、そこで対戦相手の子に「その経験、曲にしやがれ」と言われたんです。実は、それ以前から吃音についてのリリックは書いてはいたんですけど、曲にするかどうかは迷っていて。でもその子の言葉に背中を押されたので、絶対に曲として出そうと、半年間で完成させました。

        • —歌詞の内容がすごく赤裸々ですよね。どういう思いを込めて歌詞を書いたんですか?

          吃音症についてみんなに知ってもらいたいという気持ちもあるのですが、本音としては、ただの憂さ晴らしでもありました。「この野郎、こん畜生!」「俺はこれだけ苦労してきたんだ、お前ら聞けよ!」と、言いたいことをとにかく曲にして、叫んで歌ったというか。

        • —綺麗事だけではない、「本音」を叫んだからこそ、多くの人の心に届いたんでしょうね。そんな達磨さんにとって「歌のチカラ」とはなんでしょうか。

          最初にお伝えした通り、僕、吃音症であることを親にも言えてなかったんですよ。高校生RAP選手権に出場するタイミングで初めて打ち明けたんですね。よく吃音症は「治すことができなくても、見えなくすることができる障がい」だと言われます。実際、成人してからも、周りにバレないように生活をされている方がたくさんいらっしゃるみたいです。

          僕も音楽や歌と出合ってなければ、きっと人に伝えることができなかった。ところがいまは、全世界に胸を張って吃音症であることを発信できているし、ラップを通じて自分の世界も広がりました。この「歌のチカラ」というのは、本当にすごいものだなと思いますね。

        • —達磨さんが今後取り組んでいきたいことを教えていただけますか。

          ラッパーとして新しい曲も発表していきたいですし、実はいま名古屋の専門学校で言語聴覚士の勉強をしているので、そこで学んだことも生かして、吃音症について、社会の理解を深めていくための取り組みを何かできたらなと思っています。

        • なぜ達磨さんは、ラップだとスムーズに歌えるのか?有識者に聞いてみた。

        • 右脳の働きで、歌うときの言葉がつながりやすい

          通常はスムーズに話しにくい吃音症の方が、ラップだとスムーズに歌えるメカニズムとして考えられるのは、ラップは「音楽」として、普通の会話は「ことば」として作り出され、両者で使われる脳の回路が違うからでしょう。大まかに言うと、音楽は右脳優位、言語は左脳優位とされています。会話をするとき、脳のいろいろな場所が働きますが、とくに有名なのがウェルニッケ野(言語理解)とブローカ野(発話)です。これらの言語中枢は左半球のほうが右半球より大きいことが多いです。そのブローカ野にも左右差がはっきりしない「対称領域」と呼ばれる部分があり、この右半球側は歌うときの言葉の連結(和声進行)に関係するとされています。吃音は和声進行*1と関係があるかもしれませんね。

          また、「楽しい」「うれしい」という情動は、脳の働きを全体的に改善してくれると考えられています。ラップも歌も、こうした「音楽的情動」を惹き起こして、やる気を高めてくれることでしょう。

        • *1:3和音やそれ以外の和音を繋げることによってできる音の進行のこと

出演者Profile

達磨

若手ラッパーの登竜門と言われる「第13回高校生RAP選手権(2018年)」で注目を集め、NHK主催の音楽イベント「バラフェス」で優勝。地元愛知県で音楽活動を続けると同時に、言語聴覚士の資格を目指して専門学校で学んでいる。

監修者Profile

国立研究開発法人情報通信研究機構 未来ICT研究所
  神戸フロンティア研究センター 神経網ICT研究室
室長・上席研究員
山元 大輔 氏

行動遺伝学を通じ、動物の行動が起こる仕組みを、分子(遺伝子)・細胞(脳)・個体のレベルで解明することに尽力している。