「カラオケチャート研究所」
第2回:「エモうた」で感情を発散することでパワーを得た1年。

2022.12.20
「カラオケチャート研究所」第2回は、先ごろ発表された2022年のDAM年間カラオケランキングを見ながら、今年よく歌われた楽曲がもたらした「歌のチカラ」を分析します。
担当しますのは、カラオケ大好きな音楽評論家=スージー鈴木です。よろしくお願いします。
        • ランキング上位曲に共通する4つの傾向とは?

        • DAM年間ランキングの2022年版が発表されました。今年の動向を一言でまとめると「エモうた」。歌って・聴いて「エモい」歌が上位を席巻したのです。では「エモうた」とは何か? 以下、順を追って説明していますね。

        • 楽曲別ランキングのTOP10を見ると、まず目を引くのが、優里『ドライフラワー』。リリースは一昨年(2020年)10月なのですが、昨年そして今年と、この楽曲別ランキングの首位を連覇しました。
          失恋の思い出を切々と語り、「君との日々」を「ドライフラワー」になぞらえて「きっと色褪せる」と歌うセンチメンタルな歌詞世界が、2年連続、カラオケで追体験され続けたのです。ちなみに優里は『ベテルギウス』でも8位に輝きました。
          2位は、3ピースロックバンド・Saucy Dog(サウシードッグ)の21年リリース『シンデレラボーイ』。こちらの歌詞も、かなり赤裸々な失恋ナンバー。続く3位は、こちらはもうスタンダードといっていい、あいみょん『マリーゴールド』(18年)。昨年の6位から浮上。こちらは逆に、恋愛の喜びを高らかに歌っている。

          そんなTOP3に続く楽曲別ランキングTOP10なのですが、今回興味深いのは、全体に共通する傾向があり、それが、6位『残酷な天使のテーゼ』と10位『残響散歌』以外の8曲にうかがえたことです。
          1つ目は「ギター中心のサウンド作り」ということ。もちろんギターは、昔も今もポップスの中心楽器なわけですが、それでも近年、デスクトップで作られる音楽が多くなり、マニュアル楽器の代表のようなギターの位置は、相対的に下がり続けています。
          それでも、これらの曲の中では、アコースティックギターやエレキギターがジャンジャン鳴り響くのです。中でも特筆すべきは9位の川崎鷹也『魔法の絨毯』。コーラスは入っていますが、使われている楽器はアコースティックギターのみ。ドラムもベースも入っていません。ただ。それがこのデスクトップ時代の中で、聴いて・歌って気持ちがいい。
          次に2つ目として「スロー~ミドルテンポ」ということ。言い換えるとハイテンポなダンスビートではないということ。先の8曲の中で『シンデレラボーイ』『マリーゴールド』以外は「バラード」とくくっていいでしょう。
          「カラオケなんだからバラードが歌われるのは当たり前」と思われるかもですが、5年前=17年の同ランキングの1位は星野源『恋』(16年)で、みんなであのハイテンポの曲を歌い踊っていたのです。
          あと3つ目として「シャウト系ボーカル」という点も共通します。3位・6位・10位以外がすべて男性ボーカルで、キーが高く、高めの音程をハスキーな声質で、半ば叫ぶように歌っている曲が多い。特にDa-iCE『CITRUS』はかなり高い。
          そして最大の特徴は、歌詞の世界観です。上位2位がたまたま失恋系のセンチメンタルな歌でしたが、それ以外も含め、いわゆるJポップの平均値に比べて、喜怒哀楽の感情起伏が激しい内容のように感じます。


          ギターが鳴り響き、スロー~ミドルテンポで、高音でシャウトしながら歌う、感情起伏の激しい歌――想起するのは、最近の流行語「エモい」です。冒頭で述べたように、楽曲別ランキングTOP10に並んだこれらの楽曲は、さしずめ「エモうた」とでもいうべき特徴を持っています。

        • 「エモうた」がもたらした歌の力とは?

        • 主に若者がよく使う「エモい」とは、どういう意味でしょうか。様々な説明がありますが、一般的には「強い感情の変化が起こる感じ、大きく心を動かされた感じ」を指すようです。また「エモ消費」という言葉もあるようで、そのような「エモさ」を得ることを目的とする消費を表すようです。
          一般に、その「エモ消費」の例として挙げられるのは、若者における「フィルムカメラ」のブームです。スマホで簡単に写真が撮れる時代にもかかわらず、現像の手間をかけた上でのその場限りの写真の味わいが、この上なく「エモい」のだそう。

          話を戻すと、ランキング上位の「エモうた」は、歌い手・聴き手にまさに強い感情の変化を引き起こす楽曲で、さらには、それら「エモうた」を一緒に歌った・聴いたという、その場の思い出の味わいも含めて「エモい」……という、一連の「エモ体験」「エモ消費」の結果として、カラオケの場で愛されたと見るのです。
          そう言えば、音楽以外でも、アニメ映画やドラマなど、エンタメ全般における今年のヒットコンテンツにも、強い感情の変化を引き起こす「エモい」ものが多かったような気がします。

          また、メイン音楽聴取メディアが定額サービス=サブスクリプションになり、CD時代よりも何気なく聴き流すことが増えたことの反動としても、カラオケの場で「エモうた」が愛される理由も、よく分かるのです。
          2022年は「エモうた」を歌った1年として記憶されるでしょう。
          カラオケという場で、感情の起伏の激しい「エモうた」を歌うことで、コロナ禍に途絶えていた、熱い感情を発散し合い・共有し合う「エモ体験」を通して、人々が明日を生きる活力をチャージした1年だったと言えるのではないでしょうか?

執筆者Profile

音楽評論家スージー 鈴木

1966年、大阪府東大阪市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。昭和歌謡から最新ヒット曲までその守備範囲は広く、様々なメディアで執筆中。ラジオDJ、小説家としても活動。